内科学の成書に多くの編著・監修を持つ日本を代表する内科学者のひとりである。現在では日本学術会議、内閣府総合科学技術会議の参加者であるほか内閣特別顧問も務めており、日本の医療制度改革・医学教育改革にも関与する医師としての貴重な存在であり、発言力も強い。

若い医師・医学生に医療界以外の社会や外国見聞を広げるための留学を推奨する「若者は外に出よ!」や、「大学病院外来不要論」「地域完結型の病診連携医療」の主張を持つ。


公式ブログ

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略歴

1955(昭和30)年 成蹊高等学校卒業。1962(昭和37)年 3月 東京大学医学部卒業。1962(昭和37)年〜。1963(昭和38)年 東京大学医学部付属病院 インターン。1963(昭和38)年〜。1967(昭和42)年 東京大学医学部第一内科、医学研究科大学院(医学博士)。1968(昭和43)年 東京大学医学部第一内科 助手。1969(昭和44)年 ペンシルバニア大学医学部生化学 助手。1971(昭和46)年 UCLA(University of California at Los Angeles)医学部内科 上級研究員。1973(昭和48)年 UCLA医学部内科 助教授 Assistant Professor of Medicine。1974(昭和49)年 University of Southern California医学部内科 準教授Associate Professor of Medicine。1977(昭和52)年 UCLA医学部内科 準教授 Associate Professor of Medicine。1979(昭和54)年 UCLA医学部内科 教授 Professor of Medicine。1983(昭和58)年 東京大学医学部第四内科 助教授。1989(平成元)年 東京大学医学部第一内科 教授。1989(平成 8)年 東海大学 教授、医学部長。1997(平成 9)年 東京大学 名誉教授。2002(平成14)年 東海大学 教授、総合医学研究所長。2003(平成15)年 日本学術会議 会長、内閣府総合科学技術会議議員。2004(平成16)年 東京大学先端科学技術研究センター教授(客員)、東海大学総合科学技術研究所 教授。2005(平成17)年 特定非営利活動法人 日本医療政策機構 代表理事。2006(平成18)年 内閣特別顧問。


主な編著・監修



最終更新:2017-09-10 (日) 12:23:08 (11d)